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令和5年4月15日(土) その3

【台鉄彰化駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄彰化駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄彰化駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【彰化市辞修路】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運高鉄台中駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運車内】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運北屯総站】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台湾高鉄台中駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市雙連駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市雙連駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【名古屋台所】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【名古屋台所】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【桃園国際空港】kyocera G’zOne TYPE-XX

【承前】彰化駅の歩廊へ降り立つや、その暑さに閉口す。携え来る寒暖計を見れば摂氏30.5度を示したり。車室は冷房効きて思わざりしも、薄手とはいえ外套を纏いたる身にては、その暑さ一入ならん。跨線橋を渡りて駅本屋の出口より改札を抜けたり。久しく訪れざるうちに、随分と改築なされし。彰化駅は鉄道の要衝にて、古くとも良く使い込まれし駅との印象之有。されども流石に改修せざるを得ずとなりしか。相変わらず雑踏凄まじき駅前を抜けて、駅構内を渡す陸橋へ上がりたり。ここより台北方面を望めば彰化機務段、すなわち日本式に記せば彰化機関区在りて、今や希少なる扇形車庫及び転車台を見ゆ。幾度も足を運びし場所なれど、徒歩にて15分ほどを要す。この暑さで荷物を携えては難儀ならん。如何にせしやと思いつつ、その前に寄りたきところ有之。その後に思案なせりと一先ず考慮を擱きたり。長き陸橋を渡りて、列車留置のため幾本も敷設されたる線路を越えし。辭修路の看板を認めり。駅本屋より反対側の通りなれば、これを進まんと欲するも、歩道に隙間なく止められし自動車等が行く手を妨げ、容易に歩みを進めること能わず。しかのみならず、台湾は右側通行にて未だ感覚は慣れざりし。ようやく木下食堂の看板を掲げし店舗まで至りて、その歩みを止めたり。この食堂は札幌出身のK下氏が開きし日本式カレーライス専門店にて、日頃より好評を博して来訪客の絶え間なし。11時の開店にて5分ほど猶予有之。11時丁度の開店前に訪れたるは、その混雑を避ける為に他ならず。暫し俟たんと、店の前に置かれてし椅子に腰を据えたり。正11時、店が開きて経営者兼料理長のK下氏と久闊を叙す。実に5年振りの訪問となるも、近況を尋ねれば、猖獗を極めし疫病に罹ること無之と聞きて安堵す。昼餉はカレーライス、コロッケを所望したり(殊に当店のコロッケは嗜好に合致せり)。再会を約して店を後にす。この後は扇形車庫へと向かう心算も有りしが、この暑さはその決心を翻意させたり。駅に戻りて丁度入線したる11時49分発の后里行區間車(3146次)に乗り込み、短き彰化滞在を終えし。車室は立錐の余地なきほど混雑す。彰化より二つ目の新烏日駅で下車。台湾高速鉄道のみならず、近年開通せし台中捷運の接続駅なり。全線高架の都市鉄道にして、車両は川崎重工業が納入せしとの由。折角なれば試乗せんと樹脂製の硬いロングシートに腰を据え、終着の北屯総站まで赴けり。踵を返して再び乗車す。今しがた乗りし線路を戻るものの、往復共に窓外見難き故、何処を走りたるか判然とせぬ儘、時間を冗費したり。唯一記憶に残りしは、無人運転にて運転台無之、先頭車両の前面より眺望が叶うこと而已。隣接の台湾高速鉄道台中駅より14時36分発の南港行列車(830車次)に乗り込み、約1時間で台北へと至れり。台北市内は稀有にも天気好転す。涼しき風も吹きて心地良し。特に用事は無之けれど、台北捷運淡水信義線に乗りて北投駅まで往復す。途中より高架線を走りて、夕陽に照らさるる台北市郊外を車室より眺めたり。北投駅より復路は雙連駅にて下車。駅近くに名古屋台所なる食堂在り。17時半開店なれば(本来は17時開店と誤認す)、その30分以上前に到達せしも、既に長蛇となりし行列を認む。最後尾に並びて俟つより他に分別は無之。1時間ほど経ちて店内に腰を据えたり。躊躇わず味噌カツ及び白飯を所望す。当店の味噌ダレは特筆すべし。赤味噌不毛地帯にて良くぞここまでと感嘆せざるべからざるなり。惜しむらくは、長蛇の列を厭わず並びし客が等しく他品を所望せるは、尾張の民として遺憾極まりなし。しかのみならず、我訪台に及ぶこと幾度と知りて、推薦せる店を尋ねられし折には、須く当店を筆頭に挙げるも、皆目肯わず。かくして独りその味覚を愉しむ而已。庶幾くは、誰ぞ篤志を以て人口に膾炙されんことを。淡水線雙連駅より中山駅に沿いて抜けし地下道に大型書店在り。夕餉後の腹ごなしを兼ねて散策す。買いたき書籍あれど、帰路の機内に持ち込める荷物の嵩は7kgまでなれば、止むを得ずと諦めたり。台北駅より桃園国際空港へは、桃園機場捷運の直達車に乗りて移動す。台北駅19時30分に発車せし列車は、桃園国際空港の第一ターミナル(機場第一航廈)駅へ20時06分に到着。航空券の発券手続き及び出境審査を受け、翌16日未明03時15分発(定時2時25分発)のMM722便にて恙無く帰国の途へと就きたり。

OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 -1979-

 1979年に発売されし米谷美久氏設計の35mmフルサイズカメラ。寸法は幅102mm、高さ64.5mm、厚さ40mm、重さ225gと極小軽量なり。レンズバリア機構を採用す。可動式の覆いによりてレンズ、ファインダー全てを保護せり。カメラ本体のみにて携行可能とす。欧米では特異な形状からクラムシェルの異名を持ちたり。レンズは5群6枚構成のF.Zuiko35mm/F2.8を搭載。測距は映像一致式のレンジファインダーを装備す。これ以降のXAシリーズを含め、当時この寸法程度に収まりしカメラは目測式にて、レンジファインダーはXAが唯一なり。電子式シャッター絞り優先機構を有す。使いたる人により周辺光量の低下、甘めの描写が欠点として挙げられしも、極小型カメラにてはローライ35と共に現在も人気を保持したり。他のカメラが水銀電池を用いて既に入手能わず。電圧相似の代替電池を用いるほか之無。されどXAはボタン電池LR44×2個にて、入手容易なるも特筆に値せり。

令和5年4月15日(土) その2

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄樹林駅】kyocera G’zOne TYPE-XX

【台鉄新竹駅】kyocera G’zOne TYPE-XX

【台鉄新竹駅】平成28年10月4日撮影

【台鉄海線車窓】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄海線車窓】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【承前】汐止駅歩廊階下の改札を一旦抜け、復た踵を返して台北方面の歩廊へと上がれり。ようやく雨は止みし。高架線の歩廊より展開の景色は、丘陵の住宅地と背後に山稜在りて、晴れの日ならば良き景観とぞ思えり。然りながら本日はそれも能わず。7時2分発、区間快車(快速列車)2007次に乗りて汐止駅を後にす。2007次に充てられしは新型車両のEMU900型なり。首都圏を走る通勤型車両ながら、従前の車両と同じくセミクロスシートを踏襲しつつ、これらと比して背凭れ高し。座り心地もまた良ければ、長き乗車にも疲労は少なしと推測されり。週末の土曜日にて用務以外の乗客多し。南港、台北で概ね下車す。但し乗り込む客もまた多くして混雑せり。地下区間を出でれば再び雨となりし。樹林、桃園、中瀝などの主要駅に止まりつつ、快速に小駅を飛ばし、定刻の8時54分、新竹駅へと到着す。新竹駅は優等列車も停車の一等駅なりて、バロック式なる古風にして瀟洒なる駅舎は、台湾鐵路局内に於いて今や最古となれり。嘗て駅前にて観賞する機会之有。本日は車室より裏側を眺める而己。表に比して裏は案外簡素なれば、下車して観たいと欲せども能わず。他日に期すべしと祈念して、暫し停車の新竹駅を後にせん。新竹を出で、列車は道路と沿いて走るに、数多の家具屋が並びたるを窓外に見ゆ。新竹を出るといつも決まりて在りし景色なれど、何故か心に留めし。今日も亦、これを眺めるに開店前のせいか、いつもの活気之無。しかのみならず、以前よりも店の数少なきとぞ思いて、些か気になれり。竹南駅で山線こと台中線と分岐す。ここより海線へと入れり。海線とは通称にて、こちらは縦貫線の儘なれど、嘗ては台中方面への山線が本線を担いし。然るに山岳線なれば勾配険しく、嵩の大きな長編成の列車は不向きなり。これを是正せんと敷設されたのが海岸沿いの海線にて、竹南-彰化間の開通後は縦貫線、従前の区間は台中線(山線)と名付けられ、通称を以て山線、海線と呼ばれし由。本邦でいうならば、東海道本線と御殿場線、或いは山陽本線と岩徳線の関係に相似たり。戦前の『鉄道省編纂汽車時間表』(昭和9年12月号)を紐解けば、各等座席車と食堂車のみ連結したる昼間の急行列車(第1,第2列車)は山線経由なれど、一二等寝台車及び食堂車、座席車を連結せし夜間の急行列車(第3,第4列車)は海線を走りける。とはいえ戦後は列車の動力性能が上がりて、この区間を短絡の山線直通列車多し。然らば則ち、乗車の2007次は台北方面より乗り入れたる稀有な列車といえり。海に沿うと雖も、やや内陸を走る故か、意外に海の眺望は機会少なし。河口近くにて渡る川幅の広きを以て海に近しと思えり。丁度干潮時のため水は僅少にて底が露となりし。ただ、海風を利用して発電用の巨大な風車が数多立てられたり。海の見ゆる区間に差し掛かれば、遥か沖まで風車は立てられしも、生憎の無風で風車は動かずして観覧能わず。新竹より1時間ほど走りて、9時41分通霄駅着。当駅での下車客多し。曾遊の地にて、駅近くの丘陵を登りたる先に通霄神社が未だ遺れり。空は既に明るければ、列車を降りて復た参詣せんと思うも、台北より南下を続けて気温は上がりし。天気予報では摂氏30度を超えの由。荷物を担いでの参詣は、加齢を顧慮して為し難しと諦念す。この辺りで海岸線より内陸に線路は移りたり。10時27分発の大肚を過ぎれば、終着駅彰化の一駅手前に木造駅舎を見ゆ。追分駅なり。成追線との分岐点にて、正に駅名の如し。同駅名は本邦の北海道及び秋田県に存し、何れも意味を同じくす。乗りたる列車は通過すれども、嘗て下車したる砌、戦前より建ちたる駅舎はセメント製の瓦を拭きたり。近年、痛み著しく改修工事を施されつつありと仄聞す。ここより分岐せし成追線は、縦貫線と台中線を結びし短絡線なり。すなわち海線の列車を台中へ直通させる目的の路線にて、彰化駅での折り返しを要せず。近畿日本鉄道の名古屋線と大阪線を結ぶ通称中川短絡線と同類なり。戦前の急行列車も山線経由の夜行便は短絡線を介して台中駅に停車。当駅で編成を逆にし高雄方面へと向かへり。また上り列車も斯くの如し。現在は短距離の区間車が往復する而已。台中市と彰化県との境を流れし烏渓の鉄橋を渡りて、定刻より1分延着の10時40分、列車は終着彰化駅の歩廊へと滑り込みたり。

令和5年4月15日(土)  その1

【中部国際空港】kyocera G’zOne TYPE-XX

【桃園国際空港】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市民権西路】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

令和5年4月15日(土) 桃園・台北 雨一時曇り / 夕方晴れ 彰化・台中 曇り一時雨
 前夜23時30分に中部国際空港を離陸せるMM727便は、荒天で相当揺れしものの、日本国中央標準時2時40分、すなわち中華民国中原標準時間1時40分、桃園国際空港(華語表記に於いては桃園国際機場)へ定刻着陸す。平成29年1月以来、実に五星霜振りの桃園国際空港なりて独り久闊を叙す。降機後入境審査を受けたり。以前は深夜便の到着途切れず、方方より寄せ来たりし異邦の旅客にて雑踏するも、今回は旅客少なし。名古屋よりの便も満席なれど、台湾へ帰国の旅客が大半を占めたり。日本人のそれは殆ど見掛けること無之。因りて30分も要せずに入国を認められたり。入境審査の砌、顔写真と指紋を取られし。毎度のことながら、この刹那のみは緊張を禁じ得ず。続けて台湾銀行の窓口で邦貨を新台幣、所謂ニュー台湾ドルもしくは台湾元に兌換す。交換比率は1元が凡そ4円40銭なり。5年前の訪台時が3円30銭なれば、急速な円安の余波強し。些か少なき紙幣を貧相な気持ちで財布に収めたり。台湾鉄路管理局縦貫線台北駅(台北火車站)へ向かう、國光客運のバスは5時20分まで運行せず。嘗ては終夜バス便有之。猖獗を極めし疫病も漸く緩みたると雖も、未だ泰平に復せず。然らば如何とも為し難し。無人の待合室で椅子に腰を据え、待つより他に分別は無之と諦めたり。國光客運のバスは定刻5時20分より幾分遅発す。外は既に明きも、窓に叩き付ける雨粒で景色は見難し。早朝のため渋滞無之。定刻より約10分早着にて台北駅前へ到着す。お陰で当駅6時16分発区間車4137次へ乗り込めたのは、全くの僥倖なり(区間車はLocal Trainの華語訳にて普通列車を指し、次が列車番号なれば、本邦の普通第4137列車に通ず)。二つ先の南港駅を発車後、地下線を抜けて地上へ出るも未だ雨は止まず。窓外は不景気な色を為せり。思うに赴く折の台北は何故か雨か曇りばかりにて、晴れの日は皆無に等しければ、快晴の台北を俄に想像付き難し。汐止駅7時41分着。当駅にて下車せり。

令和5年3月31日(金) その3

〔承前〕埠頭本屋の窓口にて手続き後、18時を過ぎて苫小牧西港に停泊せる太平洋フェリー名古屋行へと乗船す。埠頭に繋がれし巨船之有。本航路に就役せる「いしかり」「きそ」「きたかみ」三杯のうち、今次配船は「いしかり」なり。名港金城埠頭へ黒鯛を釣りに出掛ける際、停泊中のみならず出船入船で馴染みのある船なれば、斯様な遠地で相見えるとは感慨深し。先に乗船せし砌は「きそ」なれど、また同様の感を抱きたり。それに絡め、本屋より長き乗船通路を歩きて思えらく、前回より既に二十星霜。この辺りに左程変化は見らざれば、記憶鮮明に残れども、逆に自身の加齢を知らしめられたり。果たして次の機会は有らざるや否やと。宛われし船室は、船首操舵室階下の畳敷き和室なり。本来3人乃至4人に供せられる部屋なれど、今回は我一人のみにて名古屋に至る。浴室も付属の特等船室にて贅沢の極みなり。とはいふものの、帰りの航空運賃と比肩なせば、同額或いは廉価にして泰平の贅に非ず。もっとも、列車を乗り通して次の南千歳で下車し、更に乗り換えて新千歳空港より名古屋への航空便に乗り込めば、僅か1時間半ほどにて帰着せり。こちらは苫小牧港より仙台港を経由し、名港へ辿り着くは明後日の10時30分にして、乗りたる時間は約40時間を要す。誠に阿房奇特の所業と言わざるを得ず。贅沢か否か容易に弁ずるを能わざるなり。船室にて落ち着きて後、食堂にて夕食。つい3時間ほど前に駅弁のかにめしを食したばかりなれば、些か早き夕餉に外ならず。さりとて20時には食堂が閉まる由。しかのみならず、船賃に食事代が含まれれば、食事を逸するは勿体無し。貧乏根性にて食指の動かぬまま夕餉を済ませり。19時解纜。食堂に在りて微かな揺れで出帆を識れり。久方振りの遠出にて疲労困憊。部屋に戻りて入浴後、早々に就寝す。

令和5年3月31日(金) その2 

〔承前〕札幌駅本屋に入れば人多し。屋外の閑静に比べ、何処より寄せ来るかと思ふほど意外なり。構内の自動発券機にて、先日予約した乗車券と特別急行券を受領す。間違いなきを確認し安堵。発車まで残余の時間あり。駅より外へ出てみたところ快晴なれば、先ほどまでの陰鬱な空色が嘘の如し。発車時刻迫りて、再び駅本屋に入り改札を通って高架線の歩廊へ上がれば、全体に覆いのある薄暗き構内に見覚え之有。各線より乗り入れたる車両は新しき形式に代わりて異なると雖も、天井の覆いに気動車の煤煙を抜く排出口は未だ残れり。入線せる特別急行第12D列車北斗12号函館行に乗車。定刻12時09分に札幌駅を後にせり。窓外に苗穂工場を見ゆ。こちらは健在なり。続いて暫く市街地を走り、南千歳駅付近に差し掛かれば、白樺やエゾ松らしき樹林を見ゆ。ようやく北海道と思わしき窓外となれり。苫小牧より室蘭本線となりて太平洋岸に沿う。東室蘭までは平坦かつ線形良く、列車より快晴、波穏やかな眺望続きたり。東室蘭を過ぎ内浦湾に変わりて、線形やや悪し。海沿いを列車は暫し蛇行しつつ進みけり。伊達紋別から有珠にかけ、反対の窓外へと目を転じた刹那、赤茶けた昭和新山の頂きを見ゆ。他の山々は頂に雪の冠あれど、昭和新山と隣の有珠山共々未だ活火山にて雪は積もらず。右手より函館本線と合流し、定刻14時37分、長万部着。下車して駅前の弁当屋にてかにめしを贖う。以前は駅売り在り。今や優等列車は全て窓が開かず、また機関車付け替えの長時間停車も無之して、駅弁ながら駅での販売は非ず。平成元年8月初旬、札幌より函館本線経由の臨時急行ニセコ号にて函館へ向かう砌、当駅で数分の停車中に立ち売りの当店かにめしを求め、爾来35年振りの購入なり。これにて踵を返し帰途に就かんとす。長万部15時05分発、特別急行第13D列車北斗13号に乗車。ただし2分の遅発にて発車す。復路の列車はほぼ満席にて、隣席にも乗客在り。駅弁を食すは躊躇せること些かならず。一言断りて先ほど贖いしかにめしを開けたり。カニ肉の水分が無くなるまで煎りしそぼろ状にて散り易し。箸で白飯ごと口中に運ぶはなかなか困難なり。混雑した車室で食事を為すのも気が進まぬ中、況や隣席に乗客在りてをや。粗相無きに気を取られて、かにめしの賞味に及ばす。途中停車の洞爺、東室蘭で乗客の入れ替わりはあれども満席は変わらぬまま、16時35分着の苫小牧にて下車す。懸念した列車の遅延は定刻に復せり。急ぎ跨線橋を渡りて改札を抜け、駅前左手側の停留所に至る。遅延を懸念したるは、16時40分発の苫小牧西港行バスに乗り継ぐためなれど、幸い札幌仕立てのバスも遅延にて、乗り遅れの失態に及ばず。込み合う車内で空きたる席を見つけ、15分ほど要して到着せし苫小牧西港停留所で下車したり。

令和5年3月31日(金) その1 

令和5年3月31日(金) 小牧:曇り 札幌:雨のち晴れ 長万部・苫小牧:晴れ 
 本日有休日。県営名古屋空港すなわち小牧飛行場より、8時発FDA391便札幌丘珠行にて出立す。当空港は改札を抜け直接滑走路に赴きてタラップより搭乗。他の空港と異なり軽便にて鉄道の乗車の如し。小牧-丘珠線は今月27日より通航して日浅し。しかるに平日ながら座席は全て埋まれり。春休み故か子連れの乗客多し。定刻8時にタラップ離脱。乗機は誘導路より滑走路に出で、8時10分に恙無く離陸せり。5年ほど乗っていない飛行機にて、忘却していた離陸時の勢いと圧迫感を覚醒す。水平飛行に移りて機長の挨拶あり。機長曰く当機は新潟上空に在りて佐渡島が見えたりと。先夏に新潟市へ赴き砌は自動車で5時間を要したところ、飛行僅か半刻で至りたり。窓外にて眼下の佐渡は山々頂きに雪を冠す。この後は眼下に雲海広がりて、地上の様子を見ること能わず。飛行1時間半余り、10時40分に雨天の丘珠空港すなわち札幌飛行場へ着陸す。接地の刹那、衝撃強し。続いて急制動を掛けるも、濡れたる路面にてスリップし些か肝を冷やせり。小牧と同じくタラップより降機す。雨天にて空港職員より傘を借り、滑走路を暫し歩きて空港本屋に至る。機中に預けた荷物を受け取り、そのまま出口にて待ち受けたる札幌駅前行の北都交通バスに乗車す。こちらもまた至極簡易軽便なり。丘珠空港は平成2年8月以来2度目にして曾遊の地ながら、前回は到着が日没後のためか記憶薄し。鉄道で名古屋より東京を経由し、青函隧道を潜りて渡道後に函館より丘珠まで敢えて乗りたり。18時発の最終便にて、満席の通路側席だったことも手伝い、乗機が既に稀有なYS-11ということの他、窓外の眺望に左程記憶之無。今より三十有余年前の閑話休題なり。バスは小牧より到着せる乗客を持ちて定刻より15分ほど遅発す。新千歳空港と異にし、丘珠空港は札幌市東区に在り。因って市街地を走れば、奇遇にも都市の設計者が同じ故か、窓外は名古屋市内瑞穂区近辺と変わらぬ印象なり。誰とはなしに「名古屋と変わらんがや」とは蓋し至言と言うべし。10時35分札幌駅前到着。凡そ30年前の駅前とは大いに変貌せり。駅舎も周囲の建物も建て替えられた模様にて、もはや今浦島の如し。当時宿泊した駅前の八重洲ホテルを探せども不明なり。しかのみならず道都に在る駅なれど、駅前を歩く人の数は多からず。低く垂れ込めた雨雲が陰鬱な色を醸し出して、余計に寂しき景色と為すせいか、盛夏の時期と比肩して余計に寂しき景色を映せり。軒下にて雨を避け、暫し眺めたる景観に甚だ当惑の感を抱くのみ。

平成18年3月12日(日)

名古屋駅

柘植駅

貴生川駅

近江鉄道八日市駅

近江鉄道 米原駅

近江鉄道米原駅前

平成18年3月12日(日) 雨
・乗車区間 名古屋-(関西本線)-柘植-(草津線)-貴生川-(近江鉄道)-米原-(東海道線)-名古屋
・使用機材 OLYMPUS OM-1 ZUIKO AUTO-S 50mm F1.8