令和5年5月5日(金)・6日(土)

令和5年5月5日(金) 曇りのち晴れ・6日(土) 曇り一時雨
 5日は西之森でヘラ釣り。5時より開始す。朝のみ活発に鉤掛かりすれども、踵を接するほど混雑して直ぐに食いは緩慢と化せり。12時納竿。8尺カッツケ37枚と低調なり。帰路に能登で地震発生。震度六の強震にて被害相当有之との由。翌6日はひだ池へ釣遊す。当初の雨予報に反して、曇りを維持したり。朝5時半着。6時より開始せり。12尺深宙を選択す。一桶目は14枚と好調に推移したるも、次の二桶目で早々に鉤掛かり能わず。正に手の平を返すが如し。エサは同一に配合せり。刹那に豹変す。これを覆さんと色々試行せり。而して劣勢好転せず。所詮は付け焼刃の徒手空拳にて、如何とも為し難し。転じて表層に湧きたるヘラを狙いカッツケへと移行す。更に悪化の一途を辿りたり。遺憾乍ら14時断念す。〆て39枚。周りとの差は歴然なり。才乏しく浅慮拙技の及ぶところに非ず。然るに釣遊さえ止さば、斯様に鬱々と愉しからぬ事態を招かざりし。左様思えども、疎卒にして之を改めざるは、偏に阿房の釣り通いが所以なり。今更に諦める他は無之。

令和5年5月4日(木)

令和5年5月4日(木) 晴れ
 4時出立。温泉前へ往かんと昨日決せども、急に翻意して豊田市のひだ池へ転進す。同池5時20分着。黄金週間中は相当の混みとの予想に反し、駐車場に止められたる車は僅か而已。甚だ拍子抜けなり。些か信じられぬ椿事に、事務所で理由を訊ね次第判明す。池主の雅也氏曰く、即ち昨日は運料千円にして大混雑したり。然るに本日は通常の1800円なれば、空くのは自明の理と。左様得心して新桟橋に釣り座を構えたり。6時開始。当初は8尺チョウチンにて5枚確保せり。ヘラが群れにて浮き出したるを見ゆ。早々に仕様をカッツケに変更す。但し食いは旺盛ならず。幾度か麩エサの配合、釣り方を試したり。漸く安定して鉤掛かりを得たるは9時を回りし後にて、11時半までに23枚を確保。エサ切れを機に早めの昼餉を済ませ、その続きをと思うも、俄かに弛緩を発す。危うしと一旦車へと戻りたり。仮眠より覚醒し13時より復帰。午前中とは釣況に異変有之。ヘラの動き極めて緩慢なり。再び試行に迫られるも拙技及ばす。対策の蓋然性を欠きて苦戦す。17時までに21枚を追加して納竿。〆て49枚の釣果のみならず、型は概ね尺上ばかりなれど、技量の稚拙と相俟ちて、今一つ釈然とせぬまま帰途へと就きたり。

平成5年5月3日(水)

平成五年五月三日(水) 晴れ
 四時半より名港各所で落とし込むも黒鯛の反応皆無。七時に納竿し温泉前に転進せり。八時より竿十二尺、両ダンゴにて底釣りを開始す。モツゴ、マブナのジャミ多し。十時までに鉤掛かりせるヘラブナは六枚而已。周囲に倣いて両ダンゴ宙釣りに変更せり。但し浅ダナ用麩エサを携帯せず。手持ちの麩エサにて調合して代用と為す。竿五尺チョウチンにて再開。十三時の納竿までに二十九枚のヘラを得たり。明朝は浅ダナ用の麩エサを携え、また釣遊せんと思うて温泉前を後に帰宅す

令和5年5月1日(月)

令和五年五月一日(月) 晴れ 午後風強し
 三時出立。五時前より木曽川尾張大橋下のテトラ帯でテナガエビを狙うも、当たり無之。流石に時期未だしと踵を返したり。佐屋川温泉前へ転進す。久方振りのヘラ釣りなれば、七時半より十一時まで両ダンゴの底釣りを試みたり。〆て二十六枚。午後は伊藤釣具外池で、丸々肥えし尺上の黒鯉を釣りて、規則に因り混泥凝土池へと退場を乞いたり。暫し店前で駄弁を弄し十九時前帰宅。

令和5年4月29日(土)

令和五年四月二十九日(土) 湖北 晴れ時々曇りのち雨
 本日昭和節。所謂黄金週間の嚆矢なり。三時出立。五時前に湖北へ到着せり。南東風強し。五時半より開始。直後に消し込み当たりでホンモロコ一尾を確保す。続いて更にまた一尾を釣り上げたり。これは瑞兆に相違なしと欣喜雀躍す。然れど爾後は些かの当たりも無之。時に波頭を白く為す程の強風に苛まれつつ、長竿を振り回して仕掛けを送り込むものの、遂に追加の鉤掛かりを得ず。十一時納竿。例年の湖北ならば盛期なれど、釣れたるホンモロコは何れも痩身にして、湖東に続き湖北もまた釣季は終局の模様なり。因りて既に時期を逸したれば、降雨の前に撤収も如くはなし。早々に帰路へと就けり。

湖北 5:30-11:00
ホンモロコ×2匹
午前 竿21尺
エサ アカムシ

令和5年4月27日(木)

令和5年4月27日(木)
 新型肺炎猖獗を極めて休止久しき東京湾黒鯛落とし込みバトルが、5月27日に漸く再開のとなれり。本日19時より参加希望者受付を開始す。毎回参加希望数多有之。可及的速やかに参加申請を行いて恙無く受理さる。平成30年大会爾来の参戦なり。ヘチ釣り本場の東京湾で名古屋釣法を試みれども、毎度アタリボウズに終わりし。今回はせめて1枚くらい釣りたしと思うものの、腕に覚え之有の練達ヘチ師に混じりて、豈当らんやの公算大なれば、今より既に諦観せり。

令和5年4月22日(土)・23(日)

令和五年四月二十二日(土) 清水・焼津 曇り一時雨 / 二十三(日) 名古屋 晴れ
 二十二日二時出立し四時二十分清水港着。曇天、風強し。四時三十分より岩ガニ、ゼンボにて落とし込み。二投目で止め当たりあるも、釣れたるは二十五cmのガシなり。以降は動き無之。十時半に焼津港へ移動す。パイルケーソンで黒鯛らしきを掛けるも、アブミ九号を折られ外したり。翌二十三日は名港で五時より落とし込みを開始す。気温十度北西風冷たし。九時納竿までアタリボウズなり。一旦帰宅。十二時三十分より伊藤釣具外池で竿出し。マブナ、カネヒラ、アブラボテ、タイバラ、ヤリタナゴ、ホンモロコ、モツゴを釣りて無聊を慰めたり。十六時三十分納竿。

令和5年4月15日(土) その3

【台鉄彰化駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄彰化駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄彰化駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【彰化市辞修路】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運高鉄台中駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運車内】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運北屯総站】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台中捷運】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台湾高鉄台中駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市雙連駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市雙連駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【名古屋台所】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【名古屋台所】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【桃園国際空港】kyocera G’zOne TYPE-XX

【承前】彰化駅の歩廊へ降り立つや、その暑さに閉口す。携え来る寒暖計を見れば摂氏30.5度を示したり。車室は冷房効きて思わざりしも、薄手とはいえ外套を纏いたる身にては、その暑さ一入ならん。跨線橋を渡りて駅本屋の出口より改札を抜けたり。久しく訪れざるうちに、随分と改築なされし。彰化駅は鉄道の要衝にて、古くとも良く使い込まれし駅との印象之有。されども流石に改修せざるを得ずとなりしか。相変わらず雑踏凄まじき駅前を抜けて、駅構内を渡す陸橋へ上がりたり。ここより台北方面を望めば彰化機務段、すなわち日本式に記せば彰化機関区在りて、今や希少なる扇形車庫及び転車台を見ゆ。幾度も足を運びし場所なれど、徒歩にて15分ほどを要す。この暑さで荷物を携えては難儀ならん。如何にせしやと思いつつ、その前に寄りたきところ有之。その後に思案なせりと一先ず考慮を擱きたり。長き陸橋を渡りて、列車留置のため幾本も敷設されたる線路を越えし。辭修路の看板を認めり。駅本屋より反対側の通りなれば、これを進まんと欲するも、歩道に隙間なく止められし自動車等が行く手を妨げ、容易に歩みを進めること能わず。しかのみならず、台湾は右側通行にて未だ感覚は慣れざりし。ようやく木下食堂の看板を掲げし店舗まで至りて、その歩みを止めたり。この食堂は札幌出身のK下氏が開きし日本式カレーライス専門店にて、日頃より好評を博して来訪客の絶え間なし。11時の開店にて5分ほど猶予有之。11時丁度の開店前に訪れたるは、その混雑を避ける為に他ならず。暫し俟たんと、店の前に置かれてし椅子に腰を据えたり。正11時、店が開きて経営者兼料理長のK下氏と久闊を叙す。実に5年振りの訪問となるも、近況を尋ねれば、猖獗を極めし疫病に罹ること無之と聞きて安堵す。昼餉はカレーライス、コロッケを所望したり(殊に当店のコロッケは嗜好に合致せり)。再会を約して店を後にす。この後は扇形車庫へと向かう心算も有りしが、この暑さはその決心を翻意させたり。駅に戻りて丁度入線したる11時49分発の后里行區間車(3146次)に乗り込み、短き彰化滞在を終えし。車室は立錐の余地なきほど混雑す。彰化より二つ目の新烏日駅で下車。台湾高速鉄道のみならず、近年開通せし台中捷運の接続駅なり。全線高架の都市鉄道にして、車両は川崎重工業が納入せしとの由。折角なれば試乗せんと樹脂製の硬いロングシートに腰を据え、終着の北屯総站まで赴けり。踵を返して再び乗車す。今しがた乗りし線路を戻るものの、往復共に窓外見難き故、何処を走りたるか判然とせぬ儘、時間を冗費したり。唯一記憶に残りしは、無人運転にて運転台無之、先頭車両の前面より眺望が叶うこと而已。隣接の台湾高速鉄道台中駅より14時36分発の南港行列車(830車次)に乗り込み、約1時間で台北へと至れり。台北市内は稀有にも天気好転す。涼しき風も吹きて心地良し。特に用事は無之けれど、台北捷運淡水信義線に乗りて北投駅まで往復す。途中より高架線を走りて、夕陽に照らさるる台北市郊外を車室より眺めたり。北投駅より復路は雙連駅にて下車。駅近くに名古屋台所なる食堂在り。17時半開店なれば(本来は17時開店と誤認す)、その30分以上前に到達せしも、既に長蛇となりし行列を認む。最後尾に並びて俟つより他に分別は無之。1時間ほど経ちて店内に腰を据えたり。躊躇わず味噌カツ及び白飯を所望す。当店の味噌ダレは特筆すべし。赤味噌不毛地帯にて良くぞここまでと感嘆せざるべからざるなり。惜しむらくは、長蛇の列を厭わず並びし客が等しく他品を所望せるは、尾張の民として遺憾極まりなし。しかのみならず、我訪台に及ぶこと幾度と知りて、推薦せる店を尋ねられし折には、須く当店を筆頭に挙げるも、皆目肯わず。かくして独りその味覚を愉しむ而已。庶幾くは、誰ぞ篤志を以て人口に膾炙されんことを。淡水線雙連駅より中山駅に沿いて抜けし地下道に大型書店在り。夕餉後の腹ごなしを兼ねて散策す。買いたき書籍あれど、帰路の機内に持ち込める荷物の嵩は7kgまでなれば、止むを得ずと諦めたり。台北駅より桃園国際空港へは、桃園機場捷運の直達車に乗りて移動す。台北駅19時30分に発車せし列車は、桃園国際空港の第一ターミナル(機場第一航廈)駅へ20時06分に到着。航空券の発券手続き及び出境審査を受け、翌16日未明03時15分発(定時2時25分発)のMM722便にて恙無く帰国の途へと就きたり。

OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 -1979-

 1979年に発売されし米谷美久氏設計の35mmフルサイズカメラ。寸法は幅102mm、高さ64.5mm、厚さ40mm、重さ225gと極小軽量なり。レンズバリア機構を採用す。可動式の覆いによりてレンズ、ファインダー全てを保護せり。カメラ本体のみにて携行可能とす。欧米では特異な形状からクラムシェルの異名を持ちたり。レンズは5群6枚構成のF.Zuiko35mm/F2.8を搭載。測距は映像一致式のレンジファインダーを装備す。これ以降のXAシリーズを含め、当時この寸法程度に収まりしカメラは目測式にて、レンジファインダーはXAが唯一なり。電子式シャッター絞り優先機構を有す。使いたる人により周辺光量の低下、甘めの描写が欠点として挙げられしも、極小型カメラにてはローライ35と共に現在も人気を保持したり。他のカメラが水銀電池を用いて既に入手能わず。電圧相似の代替電池を用いるほか之無。されどXAはボタン電池LR44×2個にて、入手容易なるも特筆に値せり。

令和5年4月15日(土) その2

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄樹林駅】kyocera G’zOne TYPE-XX

【台鉄新竹駅】kyocera G’zOne TYPE-XX

【台鉄新竹駅】平成28年10月4日撮影

【台鉄海線車窓】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄海線車窓】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【承前】汐止駅歩廊階下の改札を一旦抜け、復た踵を返して台北方面の歩廊へと上がれり。ようやく雨は止みし。高架線の歩廊より展開の景色は、丘陵の住宅地と背後に山稜在りて、晴れの日ならば良き景観とぞ思えり。然りながら本日はそれも能わず。7時2分発、区間快車(快速列車)2007次に乗りて汐止駅を後にす。2007次に充てられしは新型車両のEMU900型なり。首都圏を走る通勤型車両ながら、従前の車両と同じくセミクロスシートを踏襲しつつ、これらと比して背凭れ高し。座り心地もまた良ければ、長き乗車にも疲労は少なしと推測されり。週末の土曜日にて用務以外の乗客多し。南港、台北で概ね下車す。但し乗り込む客もまた多くして混雑せり。地下区間を出でれば再び雨となりし。樹林、桃園、中瀝などの主要駅に止まりつつ、快速に小駅を飛ばし、定刻の8時54分、新竹駅へと到着す。新竹駅は優等列車も停車の一等駅なりて、バロック式なる古風にして瀟洒なる駅舎は、台湾鐵路局内に於いて今や最古となれり。嘗て駅前にて観賞する機会之有。本日は車室より裏側を眺める而己。表に比して裏は案外簡素なれば、下車して観たいと欲せども能わず。他日に期すべしと祈念して、暫し停車の新竹駅を後にせん。新竹を出で、列車は道路と沿いて走るに、数多の家具屋が並びたるを窓外に見ゆ。新竹を出るといつも決まりて在りし景色なれど、何故か心に留めし。今日も亦、これを眺めるに開店前のせいか、いつもの活気之無。しかのみならず、以前よりも店の数少なきとぞ思いて、些か気になれり。竹南駅で山線こと台中線と分岐す。ここより海線へと入れり。海線とは通称にて、こちらは縦貫線の儘なれど、嘗ては台中方面への山線が本線を担いし。然るに山岳線なれば勾配険しく、嵩の大きな長編成の列車は不向きなり。これを是正せんと敷設されたのが海岸沿いの海線にて、竹南-彰化間の開通後は縦貫線、従前の区間は台中線(山線)と名付けられ、通称を以て山線、海線と呼ばれし由。本邦でいうならば、東海道本線と御殿場線、或いは山陽本線と岩徳線の関係に相似たり。戦前の『鉄道省編纂汽車時間表』(昭和9年12月号)を紐解けば、各等座席車と食堂車のみ連結したる昼間の急行列車(第1,第2列車)は山線経由なれど、一二等寝台車及び食堂車、座席車を連結せし夜間の急行列車(第3,第4列車)は海線を走りける。とはいえ戦後は列車の動力性能が上がりて、この区間を短絡の山線直通列車多し。然らば則ち、乗車の2007次は台北方面より乗り入れたる稀有な列車といえり。海に沿うと雖も、やや内陸を走る故か、意外に海の眺望は機会少なし。河口近くにて渡る川幅の広きを以て海に近しと思えり。丁度干潮時のため水は僅少にて底が露となりし。ただ、海風を利用して発電用の巨大な風車が数多立てられたり。海の見ゆる区間に差し掛かれば、遥か沖まで風車は立てられしも、生憎の無風で風車は動かずして観覧能わず。新竹より1時間ほど走りて、9時41分通霄駅着。当駅での下車客多し。曾遊の地にて、駅近くの丘陵を登りたる先に通霄神社が未だ遺れり。空は既に明るければ、列車を降りて復た参詣せんと思うも、台北より南下を続けて気温は上がりし。天気予報では摂氏30度を超えの由。荷物を担いでの参詣は、加齢を顧慮して為し難しと諦念す。この辺りで海岸線より内陸に線路は移りたり。10時27分発の大肚を過ぎれば、終着駅彰化の一駅手前に木造駅舎を見ゆ。追分駅なり。成追線との分岐点にて、正に駅名の如し。同駅名は本邦の北海道及び秋田県に存し、何れも意味を同じくす。乗りたる列車は通過すれども、嘗て下車したる砌、戦前より建ちたる駅舎はセメント製の瓦を拭きたり。近年、痛み著しく改修工事を施されつつありと仄聞す。ここより分岐せし成追線は、縦貫線と台中線を結びし短絡線なり。すなわち海線の列車を台中へ直通させる目的の路線にて、彰化駅での折り返しを要せず。近畿日本鉄道の名古屋線と大阪線を結ぶ通称中川短絡線と同類なり。戦前の急行列車も山線経由の夜行便は短絡線を介して台中駅に停車。当駅で編成を逆にし高雄方面へと向かへり。また上り列車も斯くの如し。現在は短距離の区間車が往復する而已。台中市と彰化県との境を流れし烏渓の鉄橋を渡りて、定刻より1分延着の10時40分、列車は終着彰化駅の歩廊へと滑り込みたり。

令和5年4月15日(土)  その1

【中部国際空港】kyocera G’zOne TYPE-XX

【桃園国際空港】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北市民権西路】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台北駅前】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

【台鉄汐止駅】OLYMPUS XA F.ZUIKO 35mm/F2.8 FUJIFILM SUPERIA X-TRA400

令和5年4月15日(土) 桃園・台北 雨一時曇り / 夕方晴れ 彰化・台中 曇り一時雨
 前夜23時30分に中部国際空港を離陸せるMM727便は、荒天で相当揺れしものの、日本国中央標準時2時40分、すなわち中華民国中原標準時間1時40分、桃園国際空港(華語表記に於いては桃園国際機場)へ定刻着陸す。平成29年1月以来、実に五星霜振りの桃園国際空港なりて独り久闊を叙す。降機後入境審査を受けたり。以前は深夜便の到着途切れず、方方より寄せ来たりし異邦の旅客にて雑踏するも、今回は旅客少なし。名古屋よりの便も満席なれど、台湾へ帰国の旅客が大半を占めたり。日本人のそれは殆ど見掛けること無之。因りて30分も要せずに入国を認められたり。入境審査の砌、顔写真と指紋を取られし。毎度のことながら、この刹那のみは緊張を禁じ得ず。続けて台湾銀行の窓口で邦貨を新台幣、所謂ニュー台湾ドルもしくは台湾元に兌換す。交換比率は1元が凡そ4円40銭なり。5年前の訪台時が3円30銭なれば、急速な円安の余波強し。些か少なき紙幣を貧相な気持ちで財布に収めたり。台湾鉄路管理局縦貫線台北駅(台北火車站)へ向かう、國光客運のバスは5時20分まで運行せず。嘗ては終夜バス便有之。猖獗を極めし疫病も漸く緩みたると雖も、未だ泰平に復せず。然らば如何とも為し難し。無人の待合室で椅子に腰を据え、待つより他に分別は無之と諦めたり。國光客運のバスは定刻5時20分より幾分遅発す。外は既に明きも、窓に叩き付ける雨粒で景色は見難し。早朝のため渋滞無之。定刻より約10分早着にて台北駅前へ到着す。お陰で当駅6時16分発区間車4137次へ乗り込めたのは、全くの僥倖なり(区間車はLocal Trainの華語訳にて普通列車を指し、次が列車番号なれば、本邦の普通第4137列車に通ず)。二つ先の南港駅を発車後、地下線を抜けて地上へ出るも未だ雨は止まず。窓外は不景気な色を為せり。思うに赴く折の台北は何故か雨か曇りばかりにて、晴れの日は皆無に等しければ、快晴の台北を俄に想像付き難し。汐止駅7時41分着。当駅にて下車せり。